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スクール概要

最新エステ理論

2009年8月の記事

2009.8.26

世界遺産熊野古道の町 尾鷲総本部でも授業開始

お知らせ

 

尾鷲でも講習ができるようにしました。 世界遺産熊野古道の町東紀州尾鷲市は榎本順一が住む町であり、BBTの総本部です。いつでも、随時講習を予約して受けることができます。

 

科目別案内 (1コマ 60分 コマ数は最低基準コマ数)

 1.心身の理論初級 2コマ 

2.心身の理論中級 2コマ

    血管、リンパ、神経、免疫、経絡、外見からの判断法、

 3.力の伝え方の原理

    自分の体を傷めない、お客さまの体の深部に力を伝える。

    力が分散しない。力が震えない。力と力の反発をうけない方法

 4.マッサージの各部位技法 基本 2コマ

 5.4をしてのちマッサージを作る 4コマ

    ①インドネシアントラディショナル ②ロミロミ ③スウェ-ディシュ

    ④アヴィアンガ  ⑤コンビネーション(タイ、バリ、日本)

    ⑥リンパドレナージュ  ⑦創作マッサージ

    いずれでも。

 6.フェイシャルトリートメント

    ①リフトアップ(筋肉、経絡、リンパ)6コマ

    ②マジョール(経絡、リンパ) 6コマ

7.ヘッド

   ①座位  4コマ

   ②仰向け 4コマ

8.ボディーチューニング(筋肉と骨の調整法。痛み、不調解消) 5コマ

 9.内臓活性化法 1コマ

 10. ダイエットの科学 1コマ

 11. 心のチューニング  24コマ

   心的トラブルの解消法を学ぶ。教師、母親になろうとする人、

   うつ症状のある人、うつ病の経験のある人、セラピスト、

   心身症に対してアドバイスをしたい人

   自分が不安定な人、カウンセラーになりたい人

料金体系

  1コマ(60分) 8400円 *DVD付き

  修了証発行

  科目は自由に選択

 

認定証・資格別コース案内 

  ①バリ州政府認定証試験 を取りたい方

   心身理論初級  力の伝え方  ボディー1種  フェイシャル1種

 ヘッド1種  ボディートリートメント ⇒試験(何度でも挑戦できる) 

     *料金 168,000円  かかる日数 4日

  ②BBTリンパシントロピスト

   心身理論初級、力の伝え方 リンパドレナージュ技法 ⇒試験

     *料金 75,000円  かかる日数 1日

  ③日本バリエステ協会認定試験

   心身理論初級  心身理論中級  力の伝え方  ボディー2種

   フェイシャル2種  ヘッド2種  ボディートリートメント

     *料金 38コマ 319,200円  かかる日数 8日

  ④BBTシントロピスト認定試験(シントロピストの店)

   心身理論初級  心身理論中級  力の伝え方  ボディー2種

   フェイシャル2種  ヘッド2種  ボディートリートメント

   ダイエットの科学  内臓活性化法  ボディーチューニング

     *料金 45コマ 378,000円  かかる日数 9日

  ⑤BBTシントロピスト インストラクター資格(スクール希望者)

    BBTシントロピスト認定試験合格+特別インストラクター用講義

     *料金 378,000円+50,000円=428,000

      かかる日数 10日

  ⑥心と体の学校 提携校 開設希望者

   BBTシントロピストインストラクター資格+心のチューニング認定証試験 

     *料金 428,000円+105,000円=533,000

      かかる日数 15日

 

お申し込み

 bbtinter@este-school.com   または tel& Fax 0597-25-0782  榎本

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2009.8.10

心の核3 男の役割

男の役割

 

  母は緊迫感に駆られて、緊張した思いで気もそぞろに乳児にミルクを飲ませる。この緊迫した思いは乳児にそっくりそのまま転写される。
 母はいい母ぶって振舞っているが、内心は面倒なことだ、子供を作るのが早すぎたと思っていれば、いい母ぶることも内心思っていることも全部胎乳児に転写される。
 母は過去のことばかりにこだわり、恨みつらみを事あるたびに言う。これも乳児に転写される。
 母は、死にたい、と思った。夫はちっともかまってくれない。他所にも女がいるようだ。母にはもう父も母もいない、ということも。
 ありとあらゆ思いが乳児に転写されていく。
 母に感情の流れの停滞が起こると乳児にも起こる。このような停滞(一貫性がないとか、同じことを繰り返すとか、怒りや悲嘆であけくれるとか)が長く続くと乳児の内臓、自律神経系に影響を及ぼすことになる。この言い方が不完全ならば比喩的に「乳児は異常の世界を隔てる壁を低くしてしまう」。いわば異常の世界にいつでもいける通路を作ってしまうのである。
 母と胎乳児期との関係はこのようなものである。

 近くにいればいるほど、相手の息遣いがわかり、相手の心情さえも、なんとなく不機嫌だとか、機嫌よいとかわかるのだから、一心同体から切り離されてはしても一番密着しているのは母子であるのだ。

 母たる妻に気持ちの安心を与えるのは夫である。
 母の気持ちの安心を夫が保証できるなら、子は気持ちの安心を基盤に、何事もできるようになるはずだ。死のうと思うこともない。いじめる、いじめられるもない。どんなトラブルがあろうと生きぬいていくはずだ。
 多くの人が時々、短期間の好不調をもつことがある。普通、人はどうにか暮らしているのであり、無意識になる心の核が前面にでないように意識的にコントロールする。そのコントロールが一番困難な時期が思春期である。この時期に核の部分が無意識に出てくることに人はなんとか頑張って、親離れを果たしていくのである。
 男は女から気持ちの安心を与えてもらうが、母たる女には気持ちの安心を与えることが役割となる。それは経済で、そして愛情で、となる。
 

   

  

 

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2009.8.10

心の核2 母の複雑な事情

母の複雑な事情

 胎児が乳児に転化する。肺呼吸になる。一心同体だった母が離れる。不安になる。皮膚をだれかが触る。初めての感触である。声も体内よりははっきり聞こえる。しかし母のいつもしていた心臓の音は聞こえない。羊水の海ももはやない。低い声が聞こえる。父だ。他にもいろんな人が触れる。声も聞こえる。

 外界に出た胎児はすぐに乳児となるが乳児にとって母がすべてである。しかし母は以前とは違い、隣りにいる。

 この場面から一歳になるまでの間、母が愛情をもって子供に「気持ちの安心」を与えることができたら、ほぼ子育ては成功するにちがない。一心同体で母が思うこともこの無意識に刷り込まれていたが、乳児になると母の気持ちが少し遠くなる。乳児はそれを察知する。

 母は気持ちの安心をえられていたら、子にも気持ちの安心が刷り込まれる。それは「抱く」「授乳する」「眠らせる」「排泄の世話をする」 という行為の中で乳児が察知し、感じ取るものだ。

 しかし、母側の物語は実は複雑である。乳児は母にだけすがっていればいいが、母にはまず夫という関係者がいる。また母には祖父母、義祖父母など親戚という人たちがいる。兄弟姉妹がいるかもしれない。あるいは母の周りの環境がある。商売をしていて人の出入りの多いところか、ひっそりとした一軒家か、マンションのようなところか。あるいはまた夫の稼ぎ、経済事情のこともある。母の年齢や友達関係のこともある。

 夫との関係がよくないかもしれない。母がその母(祖母)との関係がよくないかもしれない。母は仕事のことばかり考えているかもしれない。母には母の事情があるのだ。(この稿つづく)

 

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2009.8.07

心の核のこと

死と誕生の瞬間

 かねがね思ってきたことなのですが、「死」というのは「誕生の瞬間」にまで戻ることではないでしょうか。この考えは証明されているわけではありませんからあくまで暗喩として言うしかありません。「死」がもしもそのようなものならば、多くの人が生まれて、そして無言のままに死んでいく秩序もわかるような気がします。誕生の瞬間を記憶していないように死の瞬間も記憶していないというふうに。

 吉本隆明の「母型論」も暗喩としてしか書かれていませんが、私風にまとめてみると、以上のようになります。

 母胎から外界に出る瞬間、死に等しい衝撃を味わうことになる私たちは、人生の物語の段階を無意識のうちに経験することになります。母と一心同体だった胎児は、母と離れる事態となります。これが衝撃です。 次に乳児の無意識には 「なぜ自分はこんな不安なところに出てきてしまったのか」 という憤りや悔いがやってきます。嘆きがきます。泣きちらすというのはたんに栄養補給がほしいというからだけでもないはずです。

 そして「もう一度母親との親和の接触を与えてくれたら、生まれた状態をOKしてもいい」というような取引が起こり、やがてこんな憂鬱な感じが続くのだろうかと思いながらも諦めが、つまり受容がきます。この世にいることを受け入れ、母胎には戻れないという「あきらめ」をもちます。

 実は、これは私たちが突然,病気で死の宣告をうけた時にやってくる「死」までの段階と同じです。
 病気を宣告される衝撃があります。そんなはずはない、私に限って、間違いではないか、と否認がきます。別の病院に再検査にいく人もいます。そして嘆きます。次に命を引きのばしてほしい、そのためには今度からこうする、ああする、と神のようなものに、あるいは自分と取引をする。最後に受容、あきらめがやってきます。

 この「遡り」のことは別の視点からも言うことができます。森山公夫の「統合失調症」の症例の中に、患者が自分でなずけている言葉があります。これは幻声のことです。

   意語(患者が作った言葉)  頭の中に音声のイメージをともなった言葉の意識が上っ                てくることで、耳に聞こえてくるわけではない。
                (意味をもちつつある時の言語の前初期の感じがする)
   舌語  自分の口が自然に開いて声になるもので、それにより相手の言うことがわかる。
                (乳幼児のあわわ言葉ににている。言語発生直前なのか)

 分裂症の患者はが言葉を発生させるスレスレのところまで遡っていることを示すのではないか、と私は思ってしまいます。

  胎児が乳児に転化する瞬間は次元が異なってしまう瞬間です。エラ呼吸的だったのが肺呼吸になります。肺をとりまく神経もできあがっています。
 それまでは母の羊水の中で、母が思うことは自分にも直接刷り込まれて一心同体のようなものでした。それが乳児になったとたん引き離される」ことになります。この時期の体験やすごし方、かまわれ方、育てられ方が、永久に刻印されます。

  この胎児から乳児に転化する時の乳児を構造的に調べてみる必要があります。おそらくこのことがわかれば、「私」はどの辺のところに「存在」するのかがわかるはずです。(この稿つづく)

 

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